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会員の取り組み

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2022.10.21

宮本 卓明 氏宮本 卓明 氏
中部地区 宮本林産
宮本 卓明 氏

「山が答えを教えてくれる」先人たちから受け継いだ山との向き合い方、そして新たな挑戦へ

茶畑や段々畑の石垣が美しく積み上げられた坂本川沿いの道を、徐々に標高を上げていく。
「この辺りは清沢という地域になるんですよ。」と宮本卓明さんが教えてくれる。現在は「清沢」という住所はないのだが、旧安倍六ヶ村の名残りで地元の人たちは愛着を込めてそう呼ぶそうだ。眼下には人の気配が感じられる山村が見える。目線を上げれば山々が遠くまで折り重なるように連なっている。
「ここは鰻の寝床みたいな一番どん詰まりです。」笑いながらそう言う宮本さんだが、生まれ育ったこの地域を誇りに感じているのが伝わってくる。

美しい清沢の集落
美しい清沢の集落

宮本さんの案内で山に入る。まず目につくのが、林道にゴロゴロと転がる大きな石や岩。路肩が崩れ落ちて、一部ガードレールが宙に浮いている箇所もあった。先日の台風15号は山の中にも大きな爪痕を残していた。宮本さんの山にも被害があったそうだ。
「間伐し終わった途端、あの台風でやられちゃって。岩がゴロゴロ転がってくるくらいだから、よっぽどの水量だったんだと思います。木も根元から抜けて倒れてしまって・・・」
こんなにひどい災害は生まれて初めてだそう。
「自然災害とはいえ、山に被害があるたびに愕然としますね。災害に強い山作りを考えてはいるんですが、ここ最近の大きな自然災害には太刀打ちできないという無念さもあります。」

台風15号の爪痕
台風15号の爪痕
山との駆け引き

天竜林業高校から東京農業大学と「林業としてはわりとエリート街道を走ってきた」と言う宮本さん。県森連で12年間お世話になった後、宮本林産で仕事をして約15年になる。日々どのような気持ちで山と向き合っているのだろうか。
「格好よく言うと、山との駆け引きですね。まぁ、経済的な駆け引きもありますけど、あはは。山を作ることに対する駆け引きに魅力を感じています。」

山との駆け引き
山との駆け引き

宮本さんの言う「山との駆け引き」は、「山との対話」と言い換えても良いかもしれない。山作りにおいて、自分の見立てがどれだけ正解だったのか、常に答え合わせしているという。
「例えばこの林だったら、台風で風が入るようなところだから間伐率をどうしようとか考えるわけです。せっかく手を加えたなら、それが維持できるような状態を継続していきたいですよね。でも実際は、根こそぎ倒れてしまった木があります。これは僕の中で誤算なんですよね。岩を抱えているんですけど、本当は伐るべきだったところなのに伐らなかったからこうなってしまったのです。山肌に岩が出ているし、根っこの張り具合とかを見てもあんまり根っこが潜ってないなとか、そういう部分も山が与えてくれる情報なんですよ。失敗からもたくさんのヒントをもらっています。」

根こそぎ倒れてしまった木
根こそぎ倒れてしまった木

自分が行った施業がどのように反映されているか、答えは必ず山が教えてくれるという。
「どれだけ自分が山のことを考えて、山にチャレンジして、山と向き合ってきたか。そして行った施業がどれだけ成功するか、はたまた失敗するかっていうことですね。成功しようが失敗しようが、どちらにせよ僕にとってはメリットで、デメリットはないです。ある程度の経験はあるので大きな失敗はないですけど、ちょっとした甘さとかそういった部分は本当に歯がゆいですよ。倒れやがって、って。自分の見立てが外れたときは悔しいですけど、それは反面教師としてしっかり受け止める。形として答えを教えてくれる部分がこの仕事の醍醐味だと思います。ちゃんとした施業を行ってあげればあげるほど、的確に対応してあげればあげるほど、山は素直に答えてくれる。絶対に裏切らないですよ。」

答えは必ず山が教えてくれる
答えは必ず山が教えてくれる

「僕も県森連に勤めているままだったら、ここまで深くは考えていなかったと思います。所有林の管理者としてやっていただけなのかなぁって。個人林家としてのあるべき姿は自分で構築しなきゃいけない。僕の経験は研修生に伝えたりして、講師の仕事にも反映させています。自分の山での仕事と講師の仕事をリンクさせながら、これから林業に携わってくれる若い子たちにちゃんと伝えるべきことを伝えていきたいと思っています。」

先人たちの想いに導かれて世代を繋いでいく

今すぐ結果が出ることばかりではないのが林業だ。今やったことの答え合わせができるのはずいぶん先のことも多い。
「山作りはスパンの長い仕事ですから、未来のことも常に考えています。うちの子どもたちは林業とは違う仕事をしているので、僕が死ぬ時になったら子どもたちが困らないように、何十年か先までの計画も立てています。どんなシチュエーションになったとしても、この山を継続して次の世代に繋げられるような、そういう考えで取り組んでいます。その時に子どもたちが『親父、いい山を残してくれてありがとう』って思ってくれたならこっちの勝ちですよね。」

宮本林産の森
宮本林産の森

宮本さんには山仕事に向かう原動力となった人がいるという。
「うちは昔、人足を使っていて、その番頭さんのおじいちゃんがいつも言っていたんですよ。同じ部落の親戚のおじいちゃんなんですけど、『俺ぁな、たかぼうのために山仕事をやってるんだからな、頼むぞ!』って。その時は小さいながら、何言ってんだよ、自分の生活のためにやってるんだろ、って思ってました。でも今思い返すと、おじいちゃんの言っていたことはこういうことだったんだなっていうのが身に染みてわかるんです。そういう人たちがいたからこの山は繋がってきたし、僕も今そういう気持ちで山に向き合うことができているのかなって。」

おじいちゃんが大好きだった宮本さんは、この話をすると涙ぐんでしまうと言う。
「僕が大学に入って2年くらいまではやっていてくれたのかな、70代後半くらいまでは頑張っていて。でももう人足の方たちはみんな亡くなってしまいました。僕の祖父とか父は材価が良い時代の旦那さん林業なんですよね。もちろん祖父や父の経営者としての背中は見てきましたけど、人足の方たちが現場に出てダイレクトに山と向き合っているのを知っていたから、その気持ちに応えたいなって。それで『よしやろう!』って奮い立った部分が一番ですね。期待は裏切れないっていうプレッシャーはありましたけど。」

山の神様に手を合わせる
山の神様に手を合わせる
やってみなきゃわからない、漆栽培への挑戦

今、宮本さんが新たにチャレンジしている漆の栽培についても伺った。
現在国内の漆生産量は需要に対してわずか数%にとどまり、そのほとんどを輸入に頼っている。しかし国宝や重要文化財建造物の保存、修復には国産の漆を使うよう文化庁からの通達が出ているため、国内で漆の生産を増やしていく動きが高まっているという。

漆栽培
漆栽培

「放棄茶園を整備して、そこに試験的に漆を植えていったらどうかという話からスタートしました。実際に植えて育ててみたら、茶畑の跡地ということで土壌の関係なのかうまく育たなかったりしてなかなか大変です。やっと大きくなってきたと思ったら、今度は猿に2回も食べられてしまって・・・」
漆は全部で60本ほど育っているが、同じ敷地内でも植えられた場所によって生育の状況が異なるという。
「後ろに広葉樹の木々が立ち並んでいるエリアの漆は生育が良いですね。広葉樹の葉が落ちて土に有機肥料があって、豊かな土壌だからだと思います。漆は岩手県が生産の7割を占めている一大産地ですが、気候も違えば土壌環境も違います。ここは茶畑の跡地なので、もともと酸性土壌なんですよ。それが原因なのかと考えて、一ヶ所は土壌改良してから植えようと石灰を撒いてあります。ある程度土壌が柔らかくないといけないとも聞いて、茶畑に使っていた土壌改良肥料を苗木の周りに蒔いたら、途端に伸びが良くなったということもありました。この小さな敷地の中でもいろいろな試みをやっている実験段階です。」

漆栽培の展望を話す宮本さん
漆栽培の展望を話す宮本さん

漆の栽培は今年で4年目になる。いずれは漆掻きの勉強もして、自分で漆掻きまで完結できたらと考えているそうだ。漆は収穫まで最低10年かかるが、1本の木から取れる樹液の量は少なく、牛乳瓶1本分ほどだという。
「まずは漆が無事に育ってくれないことには始まらないですからね。本当に先は長いです。まだ1歩も進んでいないかな、半歩くらいかもしれないです。来春また新たに植えてみようと考えているところは今から準備しています。とにかく前に進むだけですね。木も成長していきますから、自分も成長していかないと。」

目の前の課題に常に実直に向き合う宮本さんらしい言葉だと思った。
代々大切に手入れされ世代を超えて受け継がれてきた山、そしてその山と暮らしが密接に結びついている清沢という地域、そこで生まれ育った宮本さんは今日も山と対話し、真正面からの駆け引きを楽しんでいる。

真正面から山と向き合う
真正面から山と向き合う
プロフィール

宮本林産
宮本 卓明

SGEC森林認証取得
静岡県林業研究グループ連絡協議会 副会長

  • 静岡県指導林家
  • 静岡県林業指導者
  • 緑の雇用講師
  • 森林整備アドバイザー
  • 安全衛生教育インストラクター
宮本卓明