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会員の取り組み

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2022.10.18

高橋 幸村 氏高橋 幸村 氏
東部地区 丸高ティーティー株式会社
高橋 幸村 氏

静岡県で最も人口の少ない松崎町で、
伊豆らしい林業を模索しながら地方創生モデルを生み出す

かつて物流が船だった時代、松崎町は風待ちする船が停泊する港町として賑わっていたそうだ。伊豆半島の南西部に位置し、伝統的な街並みと美しい海岸を有するこの町は、現在静岡県の中で最も人口の少ない町である。車を走らせていると、海と山の距離が近いことに気づく。山は針葉樹の濃い緑に加え、広葉樹の多彩な色合いで彩られている。これは西伊豆エリアの山が薪炭生産で栄えてきた背景から、広葉樹の割合が多く、人工林と雑木林がモザイク状に配置されていることに由来する。

海と山が近い
海と山が近い
なにもないところからのスタート

丸高ティーティーの歴史は漁業から始まった。創業から約100年、現在は林業と農業、第一次産業ふたつの分野を担っている。高橋幸村さんが松崎町に移住して来たのは2015年のこと。移住当時を振り返って高橋さんはこう話す。
「林業は技術がない、人もいない、所有山林だけはある。農業は儲からない、知られていない、販売力もない。そんな状態からのスタートでした。」

そこからどのように邁進してきたのだろうか。高橋さんは2015年から2019年までを1st season、2020年から2024年を2nd seasonとし、林業と農業それぞれの歩みを5年スパンで捉えている。
「林業における1st seasonは、所有林の現況把握、作業道の開設、伐採から搬出までの技術習得、人材の雇用や育成、機械や設備への投資など、ぐらつかない柱を立てるための基礎を養う期間でした。」

作業現場の風景
作業現場の風景

その中で特に手応えを感じたことがある。小型機械を用いて低コスト化を実現したことだ。
「山主に利益還元をする収益面を考えた時、ハイスペックハイコストの大型林業機械を使って早く現場を終わらせて経費を削減するか、ロースペックローコストで現場の時間はかかっても経費を削減するかの二択となります。生産性が高い、作業が早い、作業経費が高い施業というのは、機械の性能を発揮させ、その稼働時間を延ばすことが課題となり、中心にいるのは機械です。生産性が低くても作業が遅くても小型機械で十分な利益が出るならば、その中心にいるのは機械ではなく人です。短期間でハイスペックの機械を使用することもありますが、人が中心なら、一律に決められた長さで造材して作業効率を上げるのではなく、伐採木を一本一本しっかり見極め、高く売れる造材を行う手造材のメリットを活かす。そうすれば市売りでより材を高く販売することもできます。」
この方法は大型機械を活用しにくい西伊豆エリアの森林特性ともマッチしている。現在は所有山林と周囲の他の所有者林を集約化して共同施業しており、自身も山主であるがゆえ、山主の置かれているリアルな状況も理解できる。所有者目線に立った施業を行い、十分な利益を山主に還元することができる施業システムは、丸高ティーティーのベースとして定着した。

木を伐る前に全体をスキャンする
木を伐る前に全体をスキャンする
6m材の曲がりや材質の確認作業
6m材の曲がりや材質の確認作業
伊豆らしさとはなにか、あるものを最大限に活かす

高橋さんは2nd seasonの課題として、「伊豆らしい林業とはなんだろう?」と模索中だ。
「西伊豆地域は県内でも輸送コストが割高で、川上から川下までのサプライチェーンも存在しないエリアであるものの、人が来る立地。他の林業地にない強みは、海が近くて山があり、観光客が年間何十万人と来てくれて温泉もあること。この立地と林業を融合させていくおもしろさがあります。」
「木材を伐って出すことを軸にしつつ、林業体験ツアーや小中学校を対象とした環境教育プログラムを考えています。この辺りは製材屋さんがないため、移動式製材機を導入したら、山で製材してその場で木工製品を作って帰ることができないかな、とか。家具の材には針葉樹も広葉樹も使いたいですね。薪の需要は鰹節屋さんやキャンプ場が多いのですが、今後ハウス農家さんへの燃料提供も視野に入れています。」

伊豆らしい林業を模索中
伊豆らしい林業を模索中

そして今、試作を始めているのが精油の生産だ。松崎町には「花とロマンの里」というキャッチフレーズがある。それを「花とロマンと香りの里」にしたらどうだろうかと考えている。地元の花や特産の桜の葉、山の木々や柑橘の皮も素材になりそうだと構想は膨らむ。海岸沿いのホテルと連携して香りの市場を開拓できないかというのも、宿泊業の多い伊豆ならではの発想だ。
「ここは大量販売の地域ではない。高くても少量でも、間違いのない品質で提供することが大切。地域マーケットの中で消費できて、話題性があって、みんなが潤うのが理想です。」
高橋さんがこのように考えるのは、農業での体験が大きく関係している。

栄久ぽんかんが教えてくれたこと

農業における1st seasonも、林業と同様に手探りだった。その中で小さな灯となったのが、松崎町でしか生産されていない希少種の「栄久ぽんかん」だった。ものが売れないこの時代、どのように販売力を高めていけばいいのか。試行錯誤の日々は続いた。
「自分たちで売るとなると、ネットの世界、デザインの世界、マーケティングの世界、様々な情報をインプットしなければなりません。でも、フォロワーの少ない農園が発信したところで多くの人には届きません。そこで、なにかのタイトルを取ろうと考えました。」
確かな品質があり、商品のストーリー性もある。入手困難な「幻のぽんかん」として新聞などのメディアによる認知度アップも功を奏し、「栄久ぽんかん」はしずおか食セレクションの認定を、「栄久ぽんかんストレートジュース」はふじのくに新商品セレクションで金賞を受賞しブランド化に成功した。

栄久ぽんかん
栄久ぽんかん

しかしここでまた高橋さんは考えた。
「なかなか手に入りにくいものが賞を取ったとなれば、食べたい飲みたいとなるし、町の人たちも手土産で持って行きたいとなる。それでもきっと5年後には飽きられるでしょう。どうしたら地域の人たちにずっと愛してもらえるだろう?」
そして、飲食店プロジェクトなるものを思いつく。
「せっかくの賞だから町ぐるみで使ってもらいたいと思ったんです。町内の飲食店さんを巻き込んで、このぽんかんジュースを使ってカクテルやサワーなどを作ってもらう。うちで販売すると300人しか行き渡らないのが、加工してもらうことでホテルやツアーなどマーケットが広がっていく。地域の人が求めてくれればずっと作っていく価値がありますよね。」
「飲食店さんに喜ばれる、町の人も楽しい、観光客の方々も地域の特産を味わえる、もちろん生産者としての自分たちも嬉しい。みんなが笑顔になれる地域活性化への道筋が農業で形になりました。」
栄久ぽんかんを通して地域活動のムーブメントを体験したことで、林業でもこういうことができるのではないかという思いが高橋さんを動かす原動力になっている。

農業の体験が林業の原動力に
農業の体験が林業の原動力に
ひとりじゃなにもできない、みんながいるからできる

丸高ティーティーでは現在、3人の社員が働いており、全員が現場作業と事務作業を兼務している。この日は藤本さんが木を伐り、宇野さんがフォワーダで木材を集積し、日吉さんがバケットグラップルで土場を整えていた。現場作業ではジョブローテーションが基本だそうだ。
「うちは木を伐採する日もあれば運ぶ日もあり、道を作る日もあります。そうすると木材の置き方ひとつとっても、この角度で置くと取りにくいんだよねというのがわかるようになって、次の工程を自然と考えられるようになります。現場作業と事務作業を兼務することも同様に、ジョブローテーションすることで他人の気持ちがわかるし、作業効率も上がります。」
自身の成長も人の成長も楽しみだと言う高橋さん。日々アップデートを重ね、去年とは違う風景の場所にいることにおもしろさを感じている。

小型機械を活用
小型機械を活用

「みんながやりがいを持ってくれて、自分の会社を誇らしく思ってくれたら嬉しいです。ただ稼ぐためのツールじゃなくて、自分の社会的な位置づけとか自分らしくいられる居場所とか、そういうところになってもらいたい。舵を取ったのは自分だけど、実際みんながやってくれている。こっちに来た時にはひとりだったので、なにより心強いのは今みんながいてくれること。とてもひとりじゃできないですよ。」

丸高ティーティーの社員たち(左から 日吉さん、藤本さん、高橋さん、宇野さん)
丸高ティーティーの社員たち(左から 日吉さん、藤本さん、高橋さん、宇野さん)
小さな町で地域を深く耕す

松崎町の人口は6000人ほど。この小さな町における中小企業の存在意義と可能性とはなんだろうか。当たり前のように見過ごされている地域の資源は、人の手を介すことで価値があるものに変わるはずだし、時代にも求められているはずだ。
「現在農業を含めた雇用人数は15名程ですが、もしこの町で従業員が30人とか50人とかいれば、人口比率のパーセンテージは家族も含めたらすごい数になるわけですよ。強い中小企業が地方に生まれることによって地域が活性化します。小さな町だから行政も近い、話題にもしてくれる。地方創生のモデルが静岡県で最も人口の少ない松崎町で生まれれば、他の自治体でも同じようなことができるのではという希望の星になり得るのではないでしょうか。ひとつの事例が他の事例に波及してどんどん地方が良くなる、そして国が良くなる。小さな町で地域を深く耕すというモデルを第一次産業でやる。林業、農業とやっていて、整備した山の養分が海に辿り着くのなら、最終的には漁業にも回帰したいと思っています。第一次産業すべてに携わっている会社ってあまりないでしょうから、おもしろそうでしょ?」
高橋さんにそう言われると、いつかほんとうにそうなる時が来るのではないかという気がしてくる。

未来に向けて
未来に向けて

誰の人生にも風待ちの時はあるだろう。
そんな時は自らの現在地を冷静に見つめ、しっかりと足元を固めたい。
そして良い風が吹いてきたら、志を高く持って、仲間と共に楽しみながら前に進んでいきたい。
創業者が50年先、100年先を考えて植林したように、地域に尽くして地域を活性化させる丸高思想は、高橋さんの中に深く根付いている。これからも『Think it and Try it』の精神で、地域のために仲間たちと歩み続けていく。

プロフィール

丸高ティーティー株式会社 取締役
一般財団法人 丸高愛郷報徳基金 理事長
合同会社 松崎プロジェクト 代表社員

高橋 幸村

出身
千葉県館山市
学歴
東京農業大学 地域環境科学部
森林総合科学科 卒業
職歴
家具職人(宮崎県・長野県にて職人修行)
静岡県森林組合連合会(森林境界調査・各研修事業・優良木材・森林組合監査等業務に従事)
2015.8月~丸高ティーティー株式会社 取締役に就任 
松崎町にて農林事業部を運営
  • 林業後継者育成支援:緑の雇用FW講師、FL講師、プランナー研修講師
  • 行政支援:地域林政アドバイザー
中山高志